製造業であれITベンダーであれ、ある一定規模の企業体になると、どうしても製販分離という組織構造になる傾向があります。
つまり、役割分担として「つくる側」(製造)と「売る側」(販売)に分かれ、場合によっては別会社になっています。よくあるのが、製造業(つくる側)が販社(売り側)を立ち上げるケースです。機能分化と考えれば、当然のことかもしれません。
しかし、意思疎通や情報共有、データ流通などの視点で見た場合、同じ会社内で別部署であるだけで部署の壁があります。別会社ともなると、とてつもなく大きな壁になります。データ活用を考えたとき、とっても厄介です。
今回は、「製造業のデータ活用の壁、かつての製販分離という効率化が壁になり不効率を生み出している」というお話しをします。
製販分離は効率的だった
製販分離、つまり、製造部門(開発部門含む)と販売部門(営業部門含む)が別の部署になっているということです。
先ほども述べましたが、場合によっては別会社になっています。大規模な製造業の場合に多いのではないでしょうか。親会社が製造部門で、販売部門は子会社として立ち上げています。いわゆる販社です。
製販分離(製造と販売が別々)であることは、利益を追求する上で非常に効率的なことです。
利益を、簡単に数式で表現すると以下のようになります。
利益 = 利益率 × 売上
製造部門は、利益率が最大化するようにコストカットに励みつつ製品を作ることだけを考えればよく、販売部門は、単に売上の拡大だけを考えればよい。そうすることで結果的に利益が増えていく。
作ればある程度売れていたプロダクトアウトの時代には、非常に効率的なやり方です。
ちなみに、プロダクトアウトの時代の次に、マーケットインの時代に突入すると言われています。プロダクトアウトとは、企業が良いと思った製品を開発し生産し販売することです。マーケットインとは、消費者のニーズを調査し製品を開発し生産し販売することです。そのようなことは、私が言うまでもなく何十年前から言われていることですが……
やっかいことに、市場によって、今がプロダクトアウトの時期なのかマーケットインの時期なのかが異なります。
例えば、2000年前後。冷蔵庫や洗濯機といった多くの家電製品はマーケットインの時期でした。しかし、PCや携帯電話機はプロダクトアウトの時期で、それこそ色々なメーカーから発売されていました。その後、PCや携帯電話機にもマーケットインの時期が到来し、多くのメーカーが撤退しました。
データ活用で効率化
データ活用の最大のメリットは効率化です。
データを集め見える化し、そしてデータ分析をすることで、多くの場合効率化することができます。単純に、データから無駄なことが見えてきたら、それを止めるだけでもそれなりに効率化できます。
例えば販促。
各販促施策の投資金額とその売上貢献額が見える化されれば、当然のことながら費用対効果が見えてきます。費用対効果が見えるということは、効率的な販促施策と不効率な販促施策が見えるということです。見えれば、できるだけ効率的な販促施策を中心に販促計画を組みなおすことでしょう。
例えば新規営業先の開拓。
受注しやすい新規営業先や、受注金額の高い新規営業先、受注までのリードタイムの短い新規営業先、このような営業先が見えてくれば、営業効率は高まることでしょう。なぜならば、受注しやすく受注金額の高く受注までのリードタイムの短い新規営業先に集中すれば、営業効率が高まるからです。さらに、受注しやすい商材なども見えてくれば、なお嬉しいことでしょう。
このようなことは、データを上手く活用することで、実現可能です。そのためには、データを集め、見える化し、分析する必要があります。
要するに、データ活用で成果の出しやすいのは効率化です。何が効率的で、何が不効率なのかが、データそのものから計算した指標や、データ分析結果から見えてくるからです。後は、不効率なことを止め、効率的なことに集中する。そうすることで効率化できます。実際は、諸事情もありそう単純ではないですが、できることからやるだけで、それなりに効率化されます。
マーケットインの発想に立ったとき、新製品開発のための消費者ニーズを炙り出すためにデータを活用したり、既存品の改良を消費者視点でするためにデータを活用したりします。そして、さらにデータを活用することで、そのニーズをもった消費者に向けて広告宣伝し、手元に届きやすいような流通チャネルを活用し、消費者に商品を届けます。
このようなことは、実際、多くの企業でやっている、もしくは試みていることでしょう。しかし、製販分離の進んでいる企業ほど、このマーケットインの発想に立ったデータ活用が難しくなっています。
要するに、効率化を実現していた製販分離が、データ活用による効率化を阻んでいるのです。
製販分離というデータ活用の壁
製販分離の程度が大きいと、販売部門からの情報が十分に製造部門にまで来ないということが発生します。
顧客の声という情報が届かないと厄介です。扱っている製品の市場がマーケットインの時期に突入しているなら、致命的かもしれません。リアルなニーズを掴めないからです。私の感覚では、小さな企業ほど製販分離の程度は小さく、大きな企業ほど製販分離の程度が大きいように感じます。
製販分離の程度は小さいほど、ニーズに対する小回りが効きます。市場の声をいち早くキャチし反映できるからです。つまり、小さな企業ほど小回りが利く。製造業ほど莫大な設備投資の必要ないIT業界であれば、この小回りは大きな武器です。スピードにつながるからです。
そのため、インターネット系のアプリを作る企業が急成長したり、AI(人工知能)・機械学習・データ分析系のベンチャー企業が元気なのでしょう。
小回りが利くので、例えばアプリを作っている企業であれば、ある程度の状態でアプリをリリースし、市場の状況に合わせて日々アップデートしていきます。身近なところでは、スマホのアプリがよくアップデータしています。スマホなどの一般消費者向け以外の、法人向けのアプリなどでも同様のことが起こっています。Windowsアップデートなどが最たるものでしょう。
そう考えると、小さな企業だけでなく、IT系の勝ち組企業と言われる大会社も小回りが利いており、企業の大小の違い以外の別の要因があるに違いありません。
ここで言いたかったのは、製販分離の程度が大きいと、データを含めた情報の流通が上手くいかず、小回りが利きにくくなっている、ということです。そして実際に、データ活用を推し進めるとき、製販の壁が大きな壁として立ちはだかります。
データ活用を推し進めるときの「製販の壁の大きさ」の見極め方
販売部門のデータは、マーケットインの発想から考えると、宝の山です。そこに、リアルな顧客の姿が見えてくるからです。
しかし、製販分離の程度の大きな企業では、その宝の山を見ることができないようです。
そして、中にはコンサルティング会社や調査会社からシンクタンクレポートや調査レポートという名のある種の市場のデータを、お金を払って購入します。市場を知る、顧客を理解する、製品開発のネタにする、などという面から考えれば、シンクタンクレポートや調査レポートなどを購入することは素晴らしいことです。
しかし、社内にある身近でリアルな顧客の見えるデータにもう少し目を向けても良いのではないかと思います。身近な販売部門のデータや情報から分からないようなことを、コンサルティング会社や調査会社を上手く使うほうが良い気がします。
このような話をすると決まって、「弊社の開発部門では、ある程度は顧客への販売状況を理解している」と言われます。
問題なのは、その理解している程度です。どの程度理解しているのか? ということです。
そこで、データ活用を推し進めるときの「製販の壁の大きさ」の見極め方があります。非常に簡単です。
「販売部門のCRM系のデータを見たことのある製造部門の人が何人いるのか?」
ただこれだけです。
「月の新規顧客が何社で…… 受注台数が何台で…… 売上がいくらで…… 」といった集計データではなく、集計前もしくは加工前の生のデータです。生のデータを見れば疑問が湧いてきます。どのような形で受注にこぎつけ、何が決め手になり、なぜ購入し続けてくれるのか、そしてなぜ購入や止めたのか。
もしくは、もう少し突っ込んで……
「販売部門に話しを聞き、さらに営業に同行した人は何人いるのか?」
……を調べてみてもよいでしょう。
製販分離の程度の大きい企業ほど、CRM系のデータを見た人の人数は少なくなります。最悪ゼロです。そのため、どのような形で受注にこぎつけ、何が決め手になったのか、なぜ購入し続けてくれるのか、なぜ購入や止めたのか、が見えてきません。マーケットインの製品開発ができるわけがありません。
市場に迎合するだけが製品開発ではないですが、リアルな顧客像の見えない製品開発は非常に怖いものです。その製品を使っているシーンがイメージできないまま製品が開発され生産され販売されるからです。プロダクトアウトの時期であれば問題なかったかもしれませんが、マーケットインの時期にある製品だと非常に厳しい状況になることでしょう。
解決策はあるのか
データ活用を推し進めるとき、製販の壁が大きな壁を突破するには、短絡的に考えれば「製販一体」を目指すことです。しかし、そう簡単に物事は運びません。
例えば、営業部門と技術部門が「部署」として分かれているぐらいであれば、人事異動で対処したり、事業ユニット制(市場×製品で組織編制)にし営業と技術を同じ部署に同居させたりと、色々とやり方はあるかもしれません。
しかし、販社を作り製販分離を推し進めた企業の場合、非常に難しいことでしょう。グループ企業の再編が必要かもしれませんし、情報システムのインフラで対応できるのかもしれません。正直、私には解決策は分かりません。
しかし、上手くいっている企業はあります。ある企業では、製造部門である本社から積極的に販売部門である販社に対し、データ活用のアプローチを仕掛けています。
商品のサービスサイトを運営しているのは本社で、このサイトに訪れた顧客のデータは本社が持っています。そのデータを本社側で分析し、販社の営業活用がしやすい形で情報提供しています。そのことがきっかけで、本社と販社で積極的なデータ活用の議論がされるようになりました。このケースは、まだ道半ばですがある程度のビジネス成果が出ています。
今回のまとめ
今回は、「製造業のデータ活用の壁、かつての製販分離という効率化が壁になり不効率を生み出している」というお話しをしました。
ある程度の企業規模になると、製造部門の販売部門の分離が進んでいるように感じられます。例えば、製造業の場合、本社が製造部門で子会社として販社をつくるケースが多々あります。
かつては製販分離が効率的な時代もあったのでしょう。役割分担が明確で、動きやすいからです。
しかし、データ活用という視点で考えると、製販分離は非常に大きな壁になります。市場ニーズの宝庫である販売側の情報が、組織の大きな壁を乗り越えられず、製造部門にその情報が入ってこないからです。特に、製造部門と販売部門が別会社の場合には、かなり大きな壁になります。
データ活用でもっとも得やすいビジネス効果は、効率化です。しかし、かつての効率化を促していた製販分離が、そのデータ活用を阻害し効率化の邪魔をしています。
では、そうすればよいのか?
非常に難しい問題です。強引に組織再編や異動という手段もありますが、企業トップの強力なリーダーシップが必要になることでしょう。そうでない限り、どちらかから歩み寄るしかありません。歩み寄るなら、相対的に力の強い側からがよいでしょう。
例えば製造業。
製造部門が本社で販売部門が子会社(販社)の場合、本社である製造部門から歩み寄るということです。今のところ、私はこのケース以外上手くいった例を知りません。
では、具体的にどの部署が率先して歩み寄るのか?
もし、本社(製造部門)と販社(販売部門)のどちらにもマーケティング部門(調査やマーケティング、営業促進、営業企画などの名称がついた部署)があるならば、マーケティング部門同志で取り組むのが手っ取り早いと思います。
もちろん、本社(製造部門)のマーケティング部門は製品開発のため、販社(販売部門)のマーケティング部門は新規顧客開拓のためなど
と、役割分担は異なるかもしれませんが、それぞれのデータはお互いに役立つはずです。